2016年5月30日

土佐乃国横断遠足リタイアについての大いなる反省

土佐乃国横断遠足、80km桂浜でリタイアしました。
リタイアとなった原因や反省についてとりとめもなく書いてみます。

土佐乃国は毎年暑い大会なので、脱水や水分のとりすぎで胃にダメージを受けることを防がなければなりません。
今回はとくにその2点を意識して対策を実践してみたのですがそれでもやはりダメでした。50kmあたりから吐き始め、桂浜までに6度というか胃を空っぽにするまで吐き続けることが6回ありました。単発で吐いた回数は数えきれません。リタイアするときは手先がしびれ、指先が冷たくなり、頭と顔に熱がこもったようにボーッとなっていました。ツバはほとんど出ずに口の中で糊のようになってしまい、脈は頻脈、そしてお決まりのように膀胱炎の症状です。

水分補給のタイミングや量は間違ってなかったと思います。胃がおもたいというか、揺られて気分悪くなるといったかんじではありませんでした。水分以外はほとんど口にしなかったので食べ物が消化できず胃に負担をかけたわけでもありません。

強いていうなら熱中症ということになるのでしょうか。当日の気温は34℃あったという参加者の方もいて、事実ボクのSUUNTOの気温計も34℃と表示されていました。SUUNTOの場合少し高めに表示されることを差し引いても31℃ぐらいの気温はあったはずです。前日までの雨のせいで湿度も高く、また日陰がほとんどないコースは高知特有の痛いほどの日差しの直撃をうけます。秋以降の大会ならば夏場のうちに体が熱に順応するので30℃超えだったとしてもそれなりに走れるのですが、5月のこの時期に30℃を超えると体が対応できないようです。水分補給に関しては間違ってなかったはずですが水をしっかり摂れているからといって熱中症にならないというわけではないのですね。直射日光に体を晒さないような対策はしていましたが、やはりそれだけでは暑さ対策としては不十分だったのでしょう。

あとでほかの参加者の方に聞いた話ですが、たとえばTシャツを水でビチャビチャに濡らして体温を下げるとか、コンビニで氷を買いそれをタオルで首に巻いて血液の温度を下げるとかいろいろ工夫されていたようです。ボクは直接の日差しを避ける対策はしていたのですが、体温を下げるための対策ができてませんでした。ツメが甘いです。

桂浜に到着したのは21:40くらい。いつもならば18:00ぐらいには通過しているので3時間ちかく遅い到着です。しかも到着時点でカラダはボロボロ、歩いているだけで吐いてしまうような状況です。桂浜で体調が戻るか少し様子を見ようと翌1:00まで3時間以上留まっていたのですが、吐き気も頻脈も回復しないのでここであきらめてリタイア宣言しました。

リタイアは自分のコンディションを考えると理性的な判断だったと思います。ただ熱中症って症状が治まるといたって元気なんですよね。ごはんも食べられるし水分もとることができる。もちろん脚も残ってるし体力も十分です。熱中症はけっして軽んじてはいけないのですが回復したあとの元気な自分と、まだ苦悶の表情を浮かべながらも挑み続けているほかの参加者を見比べると、はたして自分の選択は正しかったのかと自問自答してしまいます。

超ウルトラを走るためには自分自身のためにも、運営や家族、友人に心配や迷惑をかけないためにも自分の体調を理性的に判断することは大切だと考えています。今回その点に関しては選択を間違わなかった、そう思っています。けれど超ウルトラというものはもともとが過酷なもの、まったくのノーダメージで走りきれる人なんていません。つらくなってきたときに自分の弱さと向き合うことに超ウルトラの本質があると考える人も多いでしょう。理性的な判断をかなぐり捨ててそれでも前に進む、一見無意味にみえるけれどそこに挑む人が眩しく、惹かれるのも事実です。

土佐乃国横断遠足の第1回に出場したとき、ボクはとにかく足摺までたどり着きたくて一生懸命前へ前へと進みました。カラダが痛くて動けない時間帯、眠くて止めたくなる時間帯もあったけれど、とにかくこの距離を自分の脚で制覇したかった。無我夢中で進んだおかげで38時間30分で足摺にゴールすることができました。べつに他人と競う大会でもないですし、時間を競うものでもないのは十分理解しているのですが、どこかアタマの隅にこの38時間30分というのがあってどうしても次年度以降目安としてみてしまっています。また今年はスパルタスロンに出場する予定ですから、スパルタの制限時間36時間というのも頭の中にありました。

桂浜に21:40に到着したとき「いつもより3時間遅れ、しかもとても走れない状況。この状態でのこり160kmを25時間ではムリ」「仮に朝5時まで休んで体調が戻り再出発したとして、のこり160kmを25時間で走ったとしても45時間もかかってしまう」などと頭のなかを完走に要する時間ばかりがよぎりました。「スパルタ練習のためには○○時間までに…」とか「以前の自分のタイムだとあと○○時間以内に…」とか「帰りのバス予約時間を考えると○○以内に…」とか、最初に時間ありきで頭のなかで考えてしまっていました。きっと制限時間目いっぱい使ってでも完走するんだと思えていたならば、熱中症の症状が出たときにどこかで一晩ぐっすり寝てから再出発しても走れたはずだし、ぜったいもっと土佐乃国を楽しめたはずです。

超ウルトラにかぎらずマラソンでなにに楽しみを見出すかは人それぞれです。タイムを狙うのが生きがいの人もいるし、より過酷なコースを制覇するのが生きがいの人もいる。大会途中でおいしいものを食べるのがたのしみのひともいるし、ラン仲間との交流がたのしみの人もいる。ボクにとっての土佐乃国横断遠足は本来、足摺岬まで自分の脚でたどり着きたいというチャレンジでした。でもそれが最初のチャレンジで完走できたことでいつしかタイムを気にすることに置き換わってしまっていました。

これはいけない。タイムは結果であって本来ボクの目的ではないから。自分がどこにたのしさを見出していたのか忘れてしまっていたことが今回土佐の国を完走することができなかった最大の要因です。